ゴールデンウィークに入る前に、私の妻の母がご逝去されました。余命宣告されていたとはいえ、突然の出来事でした。私はボランティアとしても葬儀での段取りのお手伝いや進行はしていたのですが、それはあくまでボランティアと言う中だけの役割で、どれだけ葬儀に携わっていても、実際に身内が亡くなると客観的ではない現実が突きつけられる場面が沢山ありました。その経験もきっと、今後のボランティアには生かされていくのだろうと思いますが、特に自分にとって近い身内が亡くなると、本当に大変なのだと感じさせられました。それは葬儀が始まってしまえば、事は進んでいくのですが、その葬儀までの準備や葬儀後のお墓の問題など、今までわからなかった現実の問題点が、次々と降り掛かって来るのだと感じました。お金に余裕がある方は、何て事のない事も、お金がない親族の場合は、大きな問題となります。今回の身内の葬儀がそうでした。沢山の方に賛同してもらいたい。またそういう人格のある義母でした。しかし、現実はそこまで大掛かりにするだけの予算はありませんでした。義母の子供達の思いと現実に悩まされました。そして、何の為に葬儀保険であったり、互助会などがあるのかがわかりました。私も40代半ばです。両親の年齢を考えると、そういった葬儀費用の問題は、真剣に考えなくてはと思いました。ただ、今回の葬儀で、費用が厳しいご家族用に、多種多様なプランがある事もわかりました。確かに最近の葬儀は、私もいろいろ参加して感じていましたが、友人葬や家族葬が意外と多いと言う事です。また、お通夜をせずに、告別式のみにしているケースも多いです。勿論、費用を出来るだけ抑える部分が大きいと思いますが、故人が知っているメンバーのみで、葬儀を行う事は本来の葬儀の姿なのではないのかとも思ったりしています。今回の義母の葬儀も告別式のみの家族葬でした。故人のご兄弟は、遠方から日帰りで来られましたが、誰にも気を使わず、自然体の中で行われた葬儀でした。印象的な葬儀でした。葬儀屋が入っているのですが、手作り感のあるものでした。葬儀屋の担当の方とお話する機会があったのですが、その中で、最近は昔ながらの葬儀は減っている中で、逆に様々な葬儀の形が増えている事で、ご家族の意向、故人の意向を出来るだけ反映された葬儀が今はスタンダードになってきているとの事でした。結婚式もそうですが、葬儀も時代と共に、変化して行っていると感じていると共に、正解がない分、やり直しがきかない分、故人への思いは、必ず自分に返ってくるものなのだと、妻を始め、賛同した親族の自然な涙を見て、そう感じさせられました。