私が1歳半の頃に両親が離婚し、私は母と一緒に母の実家で暮らし始めました。
父と同じ都道府県で暮らしてはいたのですが、一度も顔を合わす事なく私が30歳になった時に父が亡くなったという知らせがありました。
父に会うチャンスはこれで最後と思い、意を決して父の葬儀へ母と行きました。
葬儀会場で父のお兄さん、お姉さん、妹さん、そして再婚した後妻さんに会いました。
物心がついて最初で最後の父との対面を果たし、約30年の心のモヤモヤがスッキリ解消したように思い帰宅しました。
それから数か月後、私の元に家庭裁判所から通知が届きました。
相続人は後妻と娘の私。
通知に記載された日時に私は幼い息子たちを連れて裁判所へ出向きました。
葬儀の時にはあまり嫌なイメージはありませんでしたが、裁判所の待合室で顔を合わせた時は葬儀の時のイメージとは大違いで私が挨拶しても完全無視。
裁判所の方から部屋に通され、父が残した遺言状を見せられ「お父様の文字で間違いありませんか?」と問われましたが、私は父が書いた字など見たことも無かったので「分かりません」としか言えませんでした。
その時、隣りに座っていた後妻は鼻で笑いました。
遺言状の内容は財産全てを後妻に渡すとの内容でした。
父から私が20歳になるまできっちり毎月養育費が支払われていた事を知っていたので、元々相続するつもりは無かったのでその内容を見ても別に何とも思わず、むしろ「父に借金があったらどうしよう・・・」という不安の方が大きかったので少し安心していたように思います。
「これで終わり」と思い、裁判所を出たのですが最初から最後まで嫌悪感でいっぱいだった後妻の姿に腹を立て、今後一切の関係を絶つためにと思い相続放棄の手続きを取りました。
それから10年。
次は私の祖母(父の母)が亡くなり、また裁判所から通知が届きました。
相続人は父の兄・姉・妹と私。
父の兄弟はとてもいい方たちで裁判所の部屋に通されるなり、私に再会できた事をとても喜んで頂けました。
そこで分かった事実が、私の父には億単位の財産があったこと。
父の後妻は相続の手続きを全て終えた後は父の兄弟と音信不通になり、キャッシュで家と父の墓を建てたという話を聞きました。
私に裁判所で嫌悪感を与えるような態度を取ったのも全て計画だったのでは?という話で、その後 銀行の貸金庫に私宛ての何かを預けていたという話も聞きましたが私が相続放棄をしたために何が預けられていたのかも告げられないまま後妻が自分の物にしたそうです。
もしも時間が戻れるものならば、感情を抑えて適切に対応すれば良かったと今でも後悔しています。